そして次は
ここでのお目当ては、見国隊々長・二関源治の墓。
戊辰戦争において新政府軍に降伏した仙台藩は、六十二万石から二十八万石に減封されました。
領内には新政府軍への降伏を良しとしない者、これからの生活に不安を抱く者などの怨嗟の声が上がっていました。
そこでニ関は「国家ノ再興ヲ計ラント」し、先に北海道に渡っていた旧幕臣や元仙台藩士・星恂太郎率いる額兵隊に合流すべく、藩士の二・三男や仙台藩領内に流れ込んできた他藩士を集め、見国隊を結成しました。
その後、二関は見国隊を引き連れて英国船「エーレンブラック号」に乗り込み、明治二年四月四日(一説には八日)、蝦夷地に向けて石巻を後にします。
そして砂原の港に上陸したニ関は、茂辺地・矢不来・有川と転戦しますが、五月十二日に戦死します。
享年三十四歳。
五稜郭が陥落するのは、この六日後でした。
去年の暮れに訪れたときには本堂が改修中だったため、境内には建築資材がたくさん置かれておりました。
そして二関の墓の後ろにもいろんな資材が・・・
もう改修も終わっているだろうから、また行ってみようかなぁ。
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