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そして次は

報恩寺の次に訪れた、宮城県黒川郡大郷町粕川にある粕 川寺。

ここでのお目当ては、見国隊々長・二関源治の墓。

戊辰戦争において新政府軍に降伏した仙台藩は、六十二万石から二十八万石に減封されました。
領内には新政府軍への降伏を良しとしない者、これからの生活に不安を抱く者などの怨嗟の声が上がっていました。

そこでニ関は「国家ノ再興ヲ計ラント」し、先に北海道に渡っていた旧幕臣や元仙台藩士・星恂太郎率いる額兵隊に合流すべく、藩士の二・三男や仙台藩領内に流れ込んできた他藩士を集め、見国隊を結成しました。
その後、二関は見国隊を引き連れて英国船「エーレンブラック号」に乗り込み、明治二年四月四日(一説には八日)、蝦夷地に向けて石巻を後にします。

そして砂原の港に上陸したニ関は、茂辺地・矢不来・有川と転戦しますが、五月十二日に戦死します。
享年三十四歳。
五稜郭が陥落するのは、この六日後でした。

去年の暮れに訪れたときには本堂が改修中だったため、境内には建築資材がたくさん置かれておりました。
そして二関の墓の後ろにもいろんな資材が・・・

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もう改修も終わっているだろうから、また行ってみようかなぁ。

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まだ続きます

覚照寺の次に訪れた、宮城県黒川郡大和町落合にある報恩寺。
ここには黒川氏歴代当主の墓があります。

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黒川氏と言われても「?」と思われる方も多いと思いますが、「信長の野望」シリーズのファンの方ならば、「黒川晴氏」の名にピンとくるかも知れません。
シリーズを通じて戦闘力に優れ、智謀もなかなかの勇将。
大崎氏でプレイすると、序盤はとてつもなく重宝する人材です。
っていうか、大崎氏でプレイする人がはたしてどれだけいるのかと。

史実でも、晴氏は中新田城攻防戦での離反をはじめ、何度も政宗に煮え湯を飲ませていますが、最後は娘壻・留守政景の元で77歳(一説には87歳)の長寿を全うしています。

黒川氏累代のお墓は本堂の裏の山中にあり、うっかりすると見つけられないことがあるので注意が必要です。

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