石巻散歩録
去年の年末に、石巻市内をぶらぶらしたときの記録です。
かつては建物が残っていたのですが、現在はすっかり更地に。
建物がなくなった理由はここを参照してください。
今ではわずかに、近くの「志賀直哉邸」の案内板にその名が残るのみです。
現在は住吉小学校が建っています。
江戸時代は、領内からたくさんの米がここに集まり、そしてここから江戸に向けて運ばれていきました。
他にも何か痕跡が残っているか確認したかったのですが、カメラを持って小学校の周りを歩くのはどう考えても不審なのであきらめました。
相馬中村藩主・相馬家の別邸跡。
現在は民家になっています。
遠く離れた相馬藩も、ここ石巻に藩邸を置いていたんですね。
当時の石巻には、数多くの人や物資、そして情報が流れ込んでいたということが伺えます。
ちなみに、作家・志賀直哉の祖父・志賀直道は、相馬家の家令を勤めていたとのこと。
もしかしたら、この別邸にも出入りしていたのでしょうか。
石巻駅から少し離れたところにある、ビルの間にぽつんと佇む小さな祠。
この辺りには、江戸時代に藩銭の鋳造を行なっていた”鋳銭場”がありました。
”からす組”こと衝撃隊の隊長・細谷十太夫も、かつてここで鋳銭役人として働いていました。
石巻市羽黒町にある永巌寺。
その隣にある大聖不動明王に、細谷十太夫の三十回忌と石母田正輔の十七回忌の碑があります。
建立は昭和三十二年五月六日。
細谷十太夫と並んで名が刻まれているのは、初代石巻市長・石母田正輔。
この人も元仙台藩士で、戊辰戦争当時は白刃や銃弾の下を潜り抜けてきた人です。
当時の日本には、こんな市長さんがたくさんいたのでしょうね。
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