そしてまた後世に語り継がれ
ちょっと前に、女川町の役場に用事があったので行ってきました。
更地となり、夏草が生い茂ったかつての町の中心部を通り過ぎ、山の上の仮設庁舎にたどり着きました。
そこから見た女川湾は、とても穏やかでした。
まるであの日の出来事が嘘のように。
帰り道、国道398号を車で走っていたとき、ふとある物が目に入りました。
それは、昭和三年三月三日に起こった、昭和三陸地震の碑でした。
そこには、次のような文が彫られていました。
大地震の後には津波が来る
地震があつたら津波の用心
もちろん、ここに住んでいた人々も、その言葉を心のどこかに刻み込んでいたことでしょう。
しかし、あの日の地震と津波は、その予想を遥かに上回るものでした。
それまで言い伝えられていた規模を遥かに超える津波が襲ってくることなど、どれだけの人が予測できたのでしょうか。
ここは熊野神社への参詣口で、かつては石造りの鳥居や多くの石碑、そして灯籠などがありました。
しかし、そのほとんどが地震と津波で倒壊または流出し、現在唯一まともに残っているのはこの石碑だけでした。
あの日、ここは一度海に飲み込まれた場所でした。
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