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くりはら田園鉄道廃線紀行(下)

(中)の続きです。

【尾松駅】
かつては、近くを通る道路から舗装されていない細い道を数十mほど行った奥詰まった所に、ポツンとホームがありました。
近くには民家もあるのですが、ちょっとした”秘境駅”気分が味わえます。
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線路上で遊んでいた猫。
近づいたらやっぱり逃げられました。
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駅のすぐそばには、軽便鉄道だった「栗原鉄道」時代に使われていたトンネル跡が。
これもまた、貴重な鉄道遺産です。
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尾松駅を過ぎてからは、再び田園地帯を通ります。
盛土の上に線路があるので、かつては電車を下から見上げる形になっていました。
鉄橋などを除けば、くりでんでは珍しい地点でした。
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【鶯沢駅】
ここもかつては有人駅でしたが、1983年に無人駅になっています。
駅のそばには鶯沢町役場(現・栗原市役所鶯沢総合支所)や小・中学校があり、町の中心部からも近いことから、細倉鉱山全盛期には、さぞや賑やかだったことでしょう。
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かつてはホームが2つありましたが、最後は1つに。
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こっちは先になくなったホーム跡地。
左側にホームがありました。
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現在は、線路を分断する形で歩行者専用道路が通っています。
かつての主従が逆転しています。
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駅を出てすぐに鉄橋があります。
ここは春には桜、冬には白鳥をはじめとした野鳥と一緒に車両が撮影でき、絶好の撮影ポイントでした。
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【鶯沢工業高校前駅】
鶯沢駅を通過すると、いよいよ細倉鉱山へと向かう山間部に入っていきます。
この駅は、かつては「駒場駅」という名前でしたが、くりでんになったときに駅名も変更されました。
駅名は「鶯沢工業高校前駅」ですが、実際は高校の前を線路が通っているものの、駅自体は200mほど西に離れています。
写真右上の白っぽい建物が、鴬沢工高の校舎です。
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かつてホームと待合室があった場所には、駅前の民家の犬小屋がありました。
世が世なら、この犬も「駅長犬」として注目を浴びていたかも・・・
まぁ、のんびりと寝そべっている犬の様子を見ていると、今のままでも十分幸せなのかもしれませんね。
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この先には、くりでん唯一のトンネル「秋法随道」があるのですが、今回は時間の都合上スルー。
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【細倉駅】
栗原電鉄時代は、乗客が乗り降りする旅客駅としては終点にあたる駅でした。
しかし、くりでんとなった1990年に、終点はさらに200mほど西に延長されて「細倉マインパーク駅」に変わり、細倉駅は廃止されました。

駅舎はくりでん廃止時まで残っていましたが、今ではそれもなくなり、線路だけが残されています。
しかし、駅跡はかつての繁栄を連想させるに十分な広さです。
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【細倉マインパーク駅】
細倉駅から歩いて移動すると、あっという間に到着。
くりでんの終着駅でした。
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細倉鉱山閉山後、かつての鉱山跡は「細倉マインパーク」というテーマパークになり、ここはその最寄り駅として新設されました。
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駅舎は今も原型をとどめており、中には当時の掲示物がそのままに。
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ホームへと続く通路。
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駐輪場は現役です。
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ホームは今もその雰囲気をとどめています。
椅子も比較的良好に保存されています。
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終点。
そこはかとなく漂う哀愁。
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保存されているED202(右)とワフ71(左)。
若柳駅の物と同じです。
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腕木式信号機の信号梃子。
思わず握りたくなるところをグッと我慢。
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一緒に写すとこんな感じ。
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このとき、ご夫婦と小さい姉弟の一家が駅舎の周りを見物していました。
そして一番楽しそうだったのはお父さんでした(笑)


【細倉鉱山駅】
細倉マインパーク駅より西に200mほど行くと、道路脇に石碑があります。
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実際は道路の上のあたり(現・細倉金属鉱業の敷地内)に駅がありました。
(写真中央・黒い屋根の建物の辺り。)
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この駅は、主に細倉鉱山から産出された鉱物の運搬や、鉱山への物資の供給などに利用された、栗原電鉄の最重要地点の一つでした。
たくさんの機関車や貨車、そして人や物で溢れていたこの駅も、閉山後はその役目を終え、今はひっそりと。


これにて、今回のくりはら田園鉄道廃線紀行は終了。

朝8:30頃に石越駅を出発し、細倉鉱山駅を回り終えたのは15:30頃。
7時間近くも何やってんでしょう(笑)

ちなみに、帰りはほぼ同じコースを辿って帰りましたが、1時間もかかりませんでした(^^;

あと、この日は途中で財布を忘れたことに気付き、結局一日中飲まず食わずで回りました。
そういえば、3月の南東北列車旅のときも、小銭入れを忘れたために万札しかなく、自販機でジュースも買えなかったという有様。

うわ、全然学習してないよこの人。

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