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新井田館・発掘調査現地説明会(宮城県本吉郡南三陸町)

 去る11月23日、南三陸町にて新井田館の発掘調査現地説明会がありました。

 この山城は文献史料が少なく、これまで詳細がはっきりしていなかったのですが、東日本大震災の津波復興拠点整備事業で遺跡が消滅することとなったため、町の教育委員会がことし3月から調査していました。

 今回の現地説明会を知ったのは前日だったのですが、特に予定がなかったので、昼食がてらちょっと行ってみようかと思い立ちました。

 そして当日、車を走らせて南三陸町まで行ってみると、道沿いに発掘場所案内のプラカードを持った関係者の方々の姿が。
「ほう、これは親切な」と思いつつ、そのプラカードを辿って現地に着くと・・・

 えーっ!こんなに参加者いるのー!?(゚Д゚;)(心の叫び)

 駐車場に溢れんばかりの車の数々。
 中には県外ナンバーの車も。
 すいません、新井田館侮ってました。

 ざっと見、200名近くはいましたでしょうか。
 歴史ファンと思しき年配の方々。
 学生らしき若者の皆さん。
 さらには地元のお年寄りや子供連れの家族の姿も。

 説明会の時間となり、関係者の挨拶や新井田館に関する説明等があった後、20名ほどの班に分かれて順番に発掘現場へ。
 私は来るのが遅かったので、だいぶ後ろの班に。
 順番が来るまで、発掘現場の写真パネルや埋蔵物等を眺めていました。
Dsc08495_2

 しばらくしてようやく順番が回ってきました。
 まずは堀から。
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Dsc08499

 堀の向こうに土塁、そして平場が。
Dsc08504

 平場の様子。
 建物や柱列の跡が残っています。
Dsc08505

 城跡から望む志津川湾。
 写真中央左側に見える小高い山は、伽羅館跡。
 この日は穏やかな凪。
 あの日のことが嘘のように。
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 本丸の下の方にある平場。
Dsc08511

 城の東側は山間部に面していて急峻なため、西側に比べて平場や堀も小規模です。
Dsc08512

 本丸跡と思われる平場。
 建物跡が残っています。
Dsc08515

 建物の柱穴。
 穴を掘った時に使用した工具の痕が、岩盤に残っています。
Dsc08516

 本丸北西側にある建物跡(手前)と平場(奥)。
 建物は物見櫓や兵の詰所であったと考えられています。
Dsc08522

 本丸北側の土塁や平場。
Dsc08523

Dsc08529

 本丸西側の土塁。
Dsc08526

 本丸の建物跡にある土坑。
 穴の底が焼けて変色していることから、囲炉裏跡と考えられています。
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 本丸西側の堀跡。
 V字型に掘られており、一度落ちたら這い上がるのはなかなか困難かと思われます。
Dsc08535

 土塁の断面。
 堀の方から順々に扇型に土が盛られており、築城途中で堀の中に土が入らないように工夫がされています。
Dsc08533

 西南側にある遺構。
 今回は特に説明がなかったのですが、何だったのでしょう?
Dsc08542

 ちなみにこの城は規模も大きく、かつ硬い岩盤で成り立っています。。
 それゆえに「工事にあたっては非常に人手がかかっており、それだけの勢力を持った領主がこの地に存在していた」(説明より)と考えられています。
 今回のような山城全体の詳細な調査は全国的にも珍しく、そのため全国から多くの応援の職員が派遣されていました。

 また最も高い所で標高は67mですが、造成後はその半分位になるそうです。
 遺構がなくなってしまうのは残念ですが、被災地に安全な住宅地を確保するのもまた重要。
 今回の調査結果は、末永く後世に伝えて欲しいものです。
Dsc08544

 帰りは「南三陸さんさん商店街」寄って昼食。
 たこ串&かまぼこコロッケ、おいしかったです。

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