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善応寺横穴墓穴群・探訪(未遂)記

先日、「仙台八街道の界隈の今昔 続・仙台城下の町名由来と町割」(古田義弘/本の森)を読んでいたら、宮城野区燕沢にある善応寺には「善応寺横穴群」と呼ばれる古墳群があり、戦時中は陸軍の弾薬庫として使用された旨の記載がありました。

古墳時代の遺跡が、別の用途で太平洋戦争中に用いられていたということに、興味をひかれました。

ということで、先日近くを通りかかったついでに、善応寺へ立ち寄ってきました。

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県道8号線から、入り組んだ住宅地を縫うようにして、善応寺へ辿り着きました。
ちなみにこのお寺は、第三代仙台藩主・伊達綱宗公の菩提寺でもあります。

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山門をくぐると、善応寺横穴墓穴群の説明板と標柱が目に飛び込んできます。

そしてここを左に折れ、進んでいくと…

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封鎖されていました。



善応寺横穴墓穴群・探訪記【完】



まぁ、安全第一ですからね…
仕方がありません。

…と、ここで帰るのももったいないので、境内をしばし散策してみました。

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蒙古之碑。
元寇で戦死した元(今のモンゴル)の兵士を供養するため、弘安五(一二八二)年に建てられたと云われています。

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善応寺開山堂。
仙台市の指定文化財にもなっているこのお堂は、規模は小さいながらも、禅宗の開山堂としての古い形式を残しており、なかなかの趣があります。
正面は閉まっていますが、脇の墓地の通路を登っていくと、上から全体が望めます。

今回はリサーチ不足でした。
後から調べてみたら、数年前までは仙台市電の車両も保存されていたそうです。
もっと早くに知っていたらなぁ。
かえすがえすも残念。

次回も太平洋戦争中の遺構がメインです。
終戦記念日までにはなんとかアップしたいです…

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